■眼前に鳥海山!かつての日本海時代の大阪=山形庄内(酒田)を訪ねて。
2006-07-31 Mon 23:59
▼画像にあるキップ日程で、中・高生時代、教科書で学んだ「庄内平野=庄内米」「古の海上路・北前船の中心港(酒田湊)」「日本海時代の商圏センター(大阪と同じ)」「庄内藩」を、ホンの1時であったが体験させて頂いた。

▼まず、天候は前日までと大逆転し、陽光溢れる好日に恵まれた。機上からは、美しい鳥海山を眺望。眼下には、重厚広大な日本海、最上川の河口から吐き出される黄土色の淡水(前日まで連日梅雨模様)。そして酒田港が一望できた。天は今回の企画を、大いに祝福下さっていると、飛行課程を通じて実感させられ、大いに感謝に暮れた。

▼庄内空港からは車で庄内平野の海岸線を走った。至るところに砂防・風防林がある。全国を制覇した庄内米の背景には、当地を日本の有力な穀倉地帯へと開拓をした、先住民、庄内藩、そして今日人の艱難辛苦、ご苦労があったに違いない。

▼かつて、この地が活況の時代、人々は「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」と心情を吐露したという。

本間家は大地主で、酒田の地域、1商人の枠を超えて、砂防・風防林の造成、港湾事業、慈善社会福祉に尽力し、また、資金不足に悩む藩や実業者にも融資していたという。

歴史的に見れば、世界に高名を馳せた、米国の慈善・篤志家ロックフエラー(財団)よりも、はるか前の時代の実話なのである。日本人の優れた資質を誇らしく思うのは、ただ私1人ではあるまい。

▼結果、庄内の人々は、官民が心を1つにして、公的事業・奉仕事業・ボランティア活動に、果敢に取り組む伝統が出来たという。ちなみに、今回のホタル再生事業も、行政は元より地域・学校・有識愛郷家等々が結集して執り行われた、という事はいわずもがなである。あな恐ろしや、山形人の底力である。

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